











白い指が糸にふれると、銀色の編み針は素早く、魔法のように動き始めた。
ベッドの上に置かれた薄い緑のレース糸。繰り出される糸の動きはリズミカルで、編み棒の先からたちまち複雑な模様が生まれていく。
私は母の指先と編み目をうっとりとみつめている。少しずつ形になっていくものがなんなのか、当てようとする。お願いしてあったベレー帽だろうか、それともコサージュ?
ベッドに身を起こし、編み棒を動かす母の横顔は美しかった。頬のあたりに垂れている髪が、指の動きとともにかすかに震えている。
時々母は、顔を上げてにこっと笑う。そして、また熱心に編み棒のほうへとうつむく。
「ジュース、もう飲んだの?」
ベッドのかたわらのテーブルには空のコップ。窓から射し込む午後の光を受けて、オレンジ色の滴が光っていた。
「学校はどう?」
「うん、べつに。毎日同じ」
「そう、金魚は元気?」
ほんとうは金魚のことは聞かれたくなかった。去年の夏、商店街の夜店で買ってもらった三匹の金魚。そのうちの二匹は、母が入院したあと死んでしまった。水を換えるのをなまけたからだ。一匹だけ残った金魚は、三匹のうちで一番小さかった。小さいくせに尾が長いから、ときどきバランスを崩す。
「元気だよ。水槽のなかで今朝もでんぐり返ししていたよ」
母はおかしそうに笑う。そして短く、「よかった。大事にしなさいね」と言う。
……あれから二年。
いま私の頭に乗っているのは、薄い緑色のベレー帽。木漏れ日が編み目を通して私の頭にふり注ぐ。私は風に飛ばされないように、母の最後のプレゼントをしっかりと手で押さえる。ベレー帽には、二匹の真っ赤な金魚が編み込んである。だからこの帽子をかぶっていると、いつも空に泳ぎ出す赤い魚の姿が見えてくる。元気で晴れやかな金魚たち。
「はやく、おいで」
父の声がして私は駆け出す。手をつなぐ。大きな手はとても暖かい。
やがて、みえてくる。木漏れ日に囲まれた家。父とふたりで暮らす新しい家が。
プロフィール
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